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トカトントン

家庭教師のトライのテレビCMを見たことがありますか?
宮崎駿が原画を手掛けたアニメ「アルプスの少女ハイジ」のパロディなんだけどハイジやクララやペーターが吹き替えでゲスなキャラになっていたり、原画自体を加工していたりと憤りさえ感じてしまう醜悪CM。
ガキの頃に良く見た好きなアニメで感情移入していることを差し引いても、大自然の中で人間らしく成長する主人公ハイジを描いた原作品に対しての配慮は木っ端微塵にも無い。
そもそも家庭教師なんて競争至上主義のアイコン的な商売に真逆のコンセプトの原作のパロディを持ってくるセンスには呆れてしまう。
目立てば、受ければなんでも許されるのだ~♪って世界の糞CM?を家庭教師のトライは内容まで広告会社に作製依頼をしているのだろうか。
普通に考えれば社のイメージに直結する広告媒体は吟味されていると考えるべきなので、家庭教師のトライはのびのびと大自然で育っていくハイジの生き方や在り方を否定した立場の企業だと言うことになる。
ユトリ教育からの脱却がコンセプトとか?
そういう表現の仕方はそれならそれで凄い事かも知れないけど、、、何でもありで生き馬の目を抜くみたいな競争至上主義が既成の価値観を無視して良いとは僕には思えない。
日清カップヌードルの新しいcmも狙いすぎた内容の為の放送自粛がニュースになっている。

トカトントンって太宰治の短編。
前に書いた大学時代に良く寄った靖国神社で感じたやるせない日本人の気持ちが、戦後の時間の中でどうなっていったのか気になっていた自分にとってそれを想像させてくれる貴重な小説。
政治的な目的と特攻隊員1人の想いが皆全て同じだったとは思えなかった。
祖国のためだけに負けると分かっている戦いの中で命をも投げ出すだろうか。
本当に守りたかったものは何だったか。
敗戦後、大切な家族の生活に日本らしさを残したかったんじゃないかな。。。
資本主義、商業主義は音楽一つとっても既に崩壊している。
こないだのメジャーで活躍されてる弾き語りさんは喜んでもらえてナンボの世界だと応援ソングを熱唱していたが僕には声が全く聞こえてこなかった。
オリンピックも金儲けが前に出過ぎると何だかうすら寒い気持ちになる。
天皇陛下の敗戦の放送の後、アメリカ的な生き方に急ハンドルを切らされた日本人がまるで実はそれが正解だったかの様な揺るぎない姿勢で高度成長をしてきたのは、没頭する事で考えることから逃げるしかなかったからではないか。特攻隊員が守りたかった、戦後の日本人が没頭する事で無理やり押し込めた想いはあげくには薄れてしまい70年経った現在に膿みたいに社会の病理になって吹き出しはじめている。そんな気がする。
日本人らしさが何だったのか分からない世代には生まれながらにアメリカナイズされた日本が当たり前の現実であり疑問にすら感じないかも知れない。
それが家庭教師トライのCMなんだろう。

天皇陛下玉音放送、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍びの御言葉が全く届かなくなった日本に何かを期待するの無理だ。       
敗戦国として文化や倫理感までもアメリカの言いなりのママでは浮かばれる事は無いと感じながらも、そこから抜け出すことは不可能だと気付いてしまっていて、武力自衛が短絡的に戦争に繋がると煽り武力無く平和が守れると本気で考える事の出来る能天気な集団が存在する今の日本には「日本人の心」の存続を願った当時の堪えがたい想いは空しくフワフワと浮遊しているだけとなってしまった。
いじめや自殺や動物虐待、佐村河内にSTAP細胞佐世保女子高生殺害事件。
復興が進まない福島と異常な規模で発展していく東京都市計画。
安部政権のイカれた独走政治。
トカトントンは鳴り止まない。