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正義の押し売り

有力な次期大統領候補の髪形の変なアメリカ人が日米安保に否定的らしい。
米国の傘に守られて濡れずに済んできた日本が傘から追い出され大雨に立たされる日が迫っているのかも知れない。
かたや、アメリカの核の傘から抜け出し東アジア諸国と平和的安全保障関係を築き真の平和国家へとの意見もある。
頻発する物騒なテロのニュースに触れる度に思う。悲しみは憎しみに変わっていく。穏やかな人の人格を変えてしまうかもしれない。宗教的な理由で殺人を行う救えない愚かな集団に対し、武装せず争わずを主張するのは見方を変えればエゴイズムで、よほど通用するものでは無いように感じる。
韓国料理が好きな僕はたまに新大久保に出かける。ある日在特会反韓デモに出くわした。プラカードに書かれた文字も言葉もひどいありさまだった。
レイシストと批判されて然るべき行動に思えたが、なぜそこまでの行動に至ったのかを知らなければ批判だけでは解決にならない。
同じようにテロリストの行動の背景に目を向けるのも。
事件があると起こしたものを血祭りにして憂さ晴らしのような攻撃をするだけの風潮が世界的になり、戦時中さながら人間の本性がさらけ出されたような殺伐とした時代の中で70年前の決めごとに縛られるのも、綺麗事をならべるのも現実的では無いように思えてしまう。
多数決の論理は少数派の正義を踏みにじる。
迫害を受けた少数派の行動は過激にならざるを得ないのかもしれない。