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居場所

今日はオフ。
突然降りだした雷雨の後、暖かな太陽が顔を出してあまりの気持ち良さに散歩でもと家を出る。
いつもの河川敷と勝手に呼んでいる安部川の橋の下は歩くと少し遠いので自転車で散歩することにした。
自転車というのが3輪車で後部に大きなカゴがあるのが便利だが車輪が小さくてこいでもこいでも進まない。歩くより疲れる摩訶不思議な自転車だ。
橋の下につくとゲートボールの老人集会が広場を占拠している。
もう慣れたいつもの光景だ。
4年前までは同じ橋の下で楽器をならし歌うことが休日の楽しみだったが、いつしかグラウンドが整備され老人達の娯楽場と化した。
占拠されるまでの移行期間は先に使用していた者としてゲートボール試合中の傍らで大きな声で歌ったり抵抗を試みた。
三味線を弾いたりするとゲートボールの老人達が集まって一緒に歌ったりすることもあったが、ギターで歌うことには否定的な態度をあからさまにされるので数の圧力に屈して2年前から場所を奥の川のすぐ近くの藪の切れ目に移して歌っている。
三味線だと受け入れられるというのが余計に抵抗感を強め日和らないスタンスを貫いた。
スタジオとかは金がかかるので行かないし、自然の中で歌うのが好きだから。
じーちゃん達に文句を言っても役所を通してるとかやり込められそうだし、好きな場所なのでそこまで争う気はない。

目の前の川はさっきの雨で流れている。
雨が降らない時はただ水溜まりで水が腐敗して臭うので居られない。この場所の水が流れているのを見ると不思議に安心する。
楽器は持たずにきたのでしばらく川の流れを見て過ごす。
身体に疲れが溜まっているのがこういうときに初めて気がついたりする。
たった4年でも世界は大きく変わる。
あまり人が居なかった河川敷は急に賑やかになって、橋の下には時計まで設置されたりして、僕よりはるかに前から住んでいたおっちゃんには生活レベルの問題だと思う。
住んだり歌ったりゲートボールしたり皆自由にやれば良いじゃん。
静岡の片田舎でも世間から離れた居場所を探すのは本当に難しい。